分別才兵衛
 
 
 あるところに、たいそう頭のいい男がいて、人々から分別才兵衛と呼ばれておった。

庄屋さん殺しを若者に

 ある日、分別才兵衛は庄屋さんと言い争いになって、ついうっかり殴ってしまった。あたりどころが悪かったのか、庄屋さんはばったり倒れて動かなくなってしまったんだと。

 そこで分別才兵衛は、死体を村はずれの博打小屋の前に立たせておいて、庄屋さんの声色で
「こらっ、いい若いもんが昼間っから遊びほうけるんじゃない」
と、中の若者を叱ったら、若者は怒って庄屋の死体を殴った。これで罪は若者に移ったというわけじゃ。

若者の罪を庄屋の妻に

 ばくち打ちの若い衆は、てっきり自分たちが庄屋さんを殺してしまったものと思いこんで、この始末をどうしたらいいかと分別才兵衛のところへ相談にやってきた。

 そこで才兵衛は夜中まで待って、庄屋さんの屋敷の前でまた声色を使った。「かかや、もどったぞ。あけてくれんかい」
 すると庄屋さんの奥さんが、カンカンに怒って
「こんなに遅くまで遊んでいる男は家に入れられませぬ」
と、顔も見せずに怒鳴っている。
 分別才兵衛は「そんなら入水する」と言って死体を井戸に投げてしまった。

自害を病死に

 庭のほうでぼちゃーんという音がしたのであわてて出てみると、夫が井戸に身を投げて死んでおったんだと。奥さんは真っ青になって、なんとか事を荒立てずに済まないものかと分別才兵衛に知恵を借りに来た。

 そこで才兵衛は湯をわかして死体を温めて、医者を呼ぶように言った。医者は死体が温かいのを見て、
「まだ温かいですな。亡くなられたのはつい先ほどでしょう。急な病というやつですかな」
と言って、奉行所には病死と届け出た。

 こうして才兵衛は庄屋さんの家から知恵の礼に大金をもらったという。
 

◆こぼれ話◆

 人殺しの罪を人になすりつけ、あげくの果てには病死として片づける。こんな不届きなことがあっていいはずはないのだが、調子よくとんとんと話が進むと面白い。

 『千夜一夜物語』に似たような話がある。

 シナの国の仕立屋が王様の道化をあやまって殺してしまい、賢い妻と相談して真夜中に死体をユダヤ人の医者のところへ運ぶ。途中で誰かに見とがめられないよう死体を布で包み「なんていまいましい天然痘でしょう。ああ、坊や、苦しいのかい。もうすぐお医者さんだからね」と言いながら歩く。

 医者の家につくと、出てきた使用人にお医者さまを呼んでほしいとたのみ、死体を階段の途中に置いて逃げてしまった。明かりも持たずに慌てて出てきた医者は死体にけっつまづいて落としてしまう。落ちていった「患者」をみるとすでに死んでいた。

 自分が殺してしまったと思いこんだ医者は、死体を隣の回教徒の家に放り込むことにした。この男はスルターン(帝王)の料理番で、家に粉やバターを蓄えているから鼠や猫が集まってくる。ここに捨てておけば獣たちが死体を始末してくれるだろうというわけだ。

 ユダヤ人の医者は死体を塀越しに隣の家に下ろし、立てかけておいた。そこへ料理番が帰ってきて死体を見ると「さては食料を盗みに来たな」と勝手に思いこみ、塀にもたれて立っている男をしたたかに殴りつけた。男がぐったりと倒れるので、見るともう死んでいる。まさか死ぬとは思わなかったので、料理番はひどく恐れて死体をスーク(市場)に運び、街角に立てかけておいた。

 そこへキリスト教徒の酔っぱらいがやってきて、ひどく寄っていたので支離滅裂なことを言いながら「さてはこの男、オレサマのターバンを盗んだ犯人だな」と勝手に思いこみ、激しく殴りつけ首をしめた。そこへ市場の番人がやってきたのでキリスト教徒は殺人の罪で捕まった。

 キリスト教徒は酔いがさめると大変なことをしてしまったと思うが後の祭り。縛り首にされることになった。これを見た仕立屋とユダヤ人と料理番は黙っていられなくなり、道化を殺したのは私でございますと名乗り出た。

 こうして四人の犯人がそろってしまったので、王様じきじきに事の一部始終を聞き、その話があまりにも奇妙だったのでそれぞれの罪を許した。また、死んだ道化は不思議な床屋の力で生き返り、四人と仲直りをしたという。

 
 
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