大蛇を鎮めたお経
 
 
 むかし、欲の皮のつっぱった長者がいた。この家には三百六十五にの使用人がいて、全員を一日ずつ休ませると、人ひとり一年分遊ばせた計算になるが、そんな無駄なことができるかと言って、使用人に休みも与えずにこき使った。
 ある日、この長者の屋敷が火事になり、いったんは外へ逃げたものの金が惜しいと火にとびこんで焼け死んでしまった。

 残された長者の奥方もたいそう欲ぶかい人だった。夫も死に、家も焼け、一切がっさい失ったことに心が惑って、奥方の体は大きな蛇に変わる。大蛇はそのまま村はずれの沼にどぷんと沈んで沼の主になってしまったという。

 さて、この大蛇、毎年ひとりずつ村の娘を人身御供にとる。娘を捧げなければ村を泥の海に沈めてしまうというので、村人は泣きながら娘を沼に沈めた。

 ところで、この村にはもうひとりの長者がいる。大変な金持ちだったが、生来の人の良さから人に騙されて、今ではすっかり落ちぶれていた。ある年のこと、この家に白羽の矢が立った。沼の主がこの家の娘を人身御供に要求しているのだ。

 長者どのは大変悲しんで、娘が助かるものなら残った財産をすべて投げ出してもよいとさえ考えていた。そこへ、長者どのから恩を受けた男がやってきて、
「ならば、身代わりになってくれる娘をさがしてまいりましょう」
と言って、長者どのから大金をあずかって村を出て行った。

 しかし、身代わりの娘など簡単に見つかるものではない。何日も足を棒にして歩き回っているうちに、明日はとうとう長者どのの娘が沼にしずめられる日になってしまった。
 こうして日が暮れて、一夜の宿をたのんだ家では、重い病の母親の身を案じて、娘がお経を写していた。たいそう美しい娘で、これならば長者どのの娘の身代わりとしてはずかしくないと思えるのだった。

 そこで、この男は自分が人買いであること、人身御供になる長者の娘の身代わりを買いに来たのであることを話した。これを聞いて病気の母親はひどくおどろいて、男を追いかえそうとしたが、娘のほうはすっかり決心して、
「そういうことなら、どうかわたしを身代わりにしてください。長者さまからお金をいただければ、母に薬を買ってあげられますから」
と言って、書き写したお経を着物のたもとに入れて、長者どのの村へ急ぐのだった。

 村にたどり着いた娘は、長者どのに母のことをくれぐれもよろしくと頼むと、大蛇のいる沼へ向かった。沼のほとりには生あたたかい風が吹き、にわかに水面が波立つと、大きな蛇がざばんと顔を出して、今にも娘を引きずり込みそうになった。

 娘はすべてを覚悟して、着物のたもとに入れてきたお経をとりだして読み始めた。するとどうしたことか、大蛇は急に動かなくなり、娘があげるお経を静かに聞き続けているのだった。

 やがて大蛇が真っ赤な目から大きな涙を流し、
「これで心の迷いは消えた。成仏できる」
と言い残して沼の中に消えて行った。

 それからは沼に大蛇が現れることはなくなり、娘を人身御供に出すこともなくなった。落ちぶれていた長者どのの家もにも運が向いてきて、いつしかもとのように盛んになったという。

 大蛇を改心させた孝行者の娘は、長者どのから大金と土産をもらい家に帰った。病気の母親は良い医者にかかって元気になり、娘とともに末長く幸せに暮らしたということだ。
 

 
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