長芋と鬼
 

 むかし、あるところに鬼のすむ山がありました。鬼は人間をとって食おうと、人里までおりてきました。

 ある家におしいろうと、窓からようすを見てみると、家の者が夕飯のおかずにしようと、長芋をすりおろしているところでした。

 それを見た鬼は、
「なんてことだ、ここの人間は、鬼の角をすりおろしているぞ」
と、びっくりして、山へかえってしまいました。

 山へもどってくると、鬼はかんがえました。
「人間にできることなら、わしにできんはずはない」
そうおもって、自分の角をほんのすこしおっかいて、すりばちですってみました。

「なんてことだ。かたくて歯がたたぬぞ。
 人間どもは、どうしてこんなかたいものを、かんたんにすりおろすことができるのだ」

 鬼はもういちど村へおりていって、さきほどの家をのぞいてみました。

 すると、その家ではちょうど夕飯のさいちゅうで、すりおろした長芋をご飯にかけておいしそうに食べているではありませんか。

 これには鬼もすっかりまいってしまいました。人をとって食うどころか、下手をすると自分のほうが食われてしまうかもしれません。

 あわてた鬼は山奥へにげていき、それっきり人里におりてくることはなくなったということです。
 

◆こぼれ話◆
 似たような話が全国にありそうだが、上に紹介したのは群馬県吾妻郡六合村のお話。六合村では長芋をすったものにみそ汁をまぜたものをよく食べるそうだ。

 また、参考にした本(未来社『日本の民話』8)によると、鬼がやってきたのは五月五日のお節句の日だとのこと。お節句の御馳走としてトロロ汁を作っているところを鬼が見たという設定になっている。五月の節句と言えば菖蒲やヨモギだが、長芋がでてくるのはちょっと面白い。

 なお、六合村ではこの出来事がきっかけで、五月五日は午前中だけ仕事をするというのだが、長芋の話とつながっていないので理由はよくわからない。農作業が忙しくなる時期なので、なにか理由をつけて仕事をしていた名残かも知れない。

 栃木県の昔話では、五月五日に山芋(長芋)を食べないとホトトギスになってしまうと説明する。話の筋は「ホトトギスの兄弟」と同じである。なぜ五月五日に山芋なのかはよくわからない。

 山芋とはまったく関係がないが、岩手県では五月四日は山のバケモノがどんな悪事をしても許される日だということになっているので、牧場の馬を厩に入れて、菖蒲やヨモギを家のまわりにさして魔よけにしたという話がある。端午の節句=鬼の出る日というイメージが全国的にあるのかもしれない。

 
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