ミョウガの宿
 
 
 むかし、あるところに、因業な夫婦がいとなむ宿があったとよ。
 不景気で客がへって、いつもいつも愚痴ばっかりいってたと。

 あるとき珍しくお客があってのう。来るなりふところから財布を取り出して、
「これをお預かりいただきたい。滞在のあいだに盗まれてはかないませんからな」
と、小判のざらざら入った財布を亭主に渡すんだと。

 これには因業夫婦もびっくり。

「今度の客はたいそうな金持ちじゃ。寝床も食事も、どんなつまらないものでも上等なものだと言ってすすめるだぞ。きっとお足をたんまり置いていってくださるさ」
 亭主がにやけながら言うと、女房も財布の重みをたしかめながら、
「そんなことよりアンタ、この財布ごと忘れていってくれないもんかねえ」
などと、とんでもないことを言い出すんだと。

「アタシにいい考えがあるんだよ。ミョウガを食べると物忘れがはげしくなるっていうじゃないか。ちょうどミョウガの季節だし、当地の名物だってたんまり食べさせたら、財布を忘れて帰るんじゃないかねえ」

 それで夫婦はミョウガをどっさり買ってきて、ミョウガの汁に、ミョウガの浸し、ミョウガの酢の物、ミョウガの天ぷらと、ミョウガばっかりお客にすすめたんだと。

 あんまりミョウガばっかり出てくるので客人も首をひねって、
「この宿ではやけにミョウガばかり出ますなあ」
と言うので、女房はにこにこしながら、
「へえ、ミョウガはここらの名産ですから。ミョウガは暑気払いにもなりますからねえ」と、適当にとりつくろったんだと。

 そうして夜になり、朝がやってきた。
 お客人は朝早く旅支度をして、たいそう機嫌良く宿を出て行った。

「アンタ、やっぱり忘れていったよ」
「こりゃおどろいた。ミョウガの物忘れってのは本当のことだったんじゃのう」

 因業夫婦は客人が置いてった財布を握りしめて、しめしめと笑ったんだと。

 そこへ急にさっきのお客がもどってきてのう。
「おお、それじゃ。財布を受け取るのを忘れるところでした」
と言うんだと。

 夫婦は内心で冷や汗をかきながら、
「へ、へえ。今おいかけて行ってお渡ししようと思ってたところですだ」
と言って、お客人に財布を返してしまったんだと。

 そうして客人が本当に行ってしまうと女房が言うんだと。

「ところでアンタ、宿代はちゃんともらったのかい」
「しまった、宿代をとりわすれた」

 ミョウガばかりすすめているうちに、肝心の宿代をとりわすれたんだとよ。
 亭主はがっくりしてのう。やれやれ悪いことはするもんじゃないと、その場に座り込んでしまったと。
 

◆こぼれ話◆
 ミョウガと物忘れの間には、大した根拠はないらしい。お釈迦様の弟子にまつわる伝説が由来になっているとか。
 
詳しくは>茗荷尽くしで冥加も尽きる?
 
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