東壺屋と西壺屋
 
 
 むかし、東壺屋と西壺屋という長者があってのう。これはその長者どんの物語じゃ。

 ある時、茂衛門と八右衛門が連れだってお伊勢参りに行ったんだと。途中で大きな榎(えのき)を見つけてのう。ここらでちょいと一休みするかと、木陰に腰をおろして休んでおったんだと
 

 歩き疲れておったのか、茂衛門が居眠りをはじめてのう。そこへ蜂がとんできて、茂衛門の鼻の穴に入っていくんだと。

 こりゃ大変だ。刺されたら大事だぞ、と思ったけど、あわてて起こせば蜂がよけいにあばれるかもしれないから、八右衛門はハラハラしながら見ておったんだと。

 すると、蜂は茂衛門の鼻から出てきて、木のまわりを何かいいたげに飛び回って、どこかへ行ってしまったんだとよ。

 それからふたりはまた旅を始めたが、途中でそれぞれ別の道を行くことにしたんだと。お参りをすませたらまた会おうやと約束して、ずんずん歩いて行ったけど、八右衛門はどうも蜂のことが木にかかって、お伊勢さんの帰りに榎の下を掘ってみたんだと。

 すると、大きな壺がふたつも出てきて、中には小判がざっくり入っておったとよ。

 八右衛門はたちまち大金持ちになったけど、あの蜂は茂衛門の鼻から出てきたものだから、壺も小判も茂衛門のものじゃないかと思うと気が気でならないんだと。

 それで、伊勢参りを終えて訪ねてきた茂衛門に
「おらこんなお大尽になったがよう。壺も小判もおまえのものだから、これは受け取ってくれんかい」
と言って、もとのように小判を詰めた壺を渡そうとするんだと。

 ところが、茂衛門は
「おら、ぐうぐう寝くたばって蜂の知らせに気づかなんだ。この壺も金も、蜂の言うことに気づいたおまえのもんじゃ」
と言って、がんとして受け取ろうとしないんだと。

 それから茂衛門は、八右衛門が壺を掘り返した木の下へ行ってみたんだと。実をいうと、壺をみせてもらったときに、底のところに「都合七つ」と書いてあったんじゃ。

「他人に恵んでもらったものは身につかねえ。本当に自分にさずかるはずの幸運なら、恵んでもらわんでも手に入る。八右衛門はふたつ掘り返したから残りは五つ。ここを掘ればきっと出てくるはずじゃ」

 茂衛門はそう信じて、木のまわりをざっくざっくと掘り返していったんだと。すると、小判の入った壺が五つそろって土の下から出てきたんじゃと。

 こうして、茂衛門も長者さんになって、八右衛門の家の近くに大きな屋敷を建てたんだと。ふたつの家は東壺屋と西壺屋と呼ばれ、末永く栄えたということじゃ。
 

◆こぼれ話◆
 虫が知らせるという言葉があるが、日本の昔話には虫が何かのお告げをすることがよくある。歴史上では平将門が謀反を企てたときに、おびただしい数の蝶が京の都に現れたと言われている。また昔話に虫のお告げで幸運をつかむことがよく語られる。長者の娘を嫁にしたければ広大な竹林で竹の数を数えろといわれ蜂にその数を教えられたり、トンボの案内で酒のわく泉をみつけて長者になった男もいる。
 
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