きりしたんばてれん
 
きりしたんばてれん
 むかし、ある宿屋に、外国からのお客さんがやってきました。
 その人は顔が白く、髪の毛は真っ赤で、へんてこなえりのついたマントをつけています。

 宿の番頭さんは「ははん、これはバテレンさんだな」と思いました。バテレンというのは、キリスト教をひろめにくる神父のことです。

 バテレンは、大きなかばんを出して、
「夕方までにかえってきます。このかばんをあずかってください。でも中をみてはだめです。やくそくしてくれますか」
と、いいました。

「へえ、わかりました。大事におあずかりしますから安心なすってください」
番頭さんがそういうと、バテレンもにっこり笑ってどこかへ行ってしまいました。
 

 ところが、夜になってもバテレンは帰ってきません。
 翌日も、その翌日も、バテレンはもどりませんでした。

 何日そうして待ったことでしょう。
 けれど、バテレンをさがそうにも、名前もれんらくさきもわかりません。

 宿のおかみさんが、こまった顔をしていいました。
「番頭さん、かばんをあけてみたらどうかねえ」
「けど、おかみさん、あのバテレンは中をみるなといいましたよ」
「でも、夕方までに帰るといったのに、ちっとも帰ってきやしないじゃないか。身元のわかるものをさがしたら、もとどおりちゃんとしめておいたらいいじゃないの」

 そこで番頭さんは、おかみさんといっしょにバテレンのかばんをあけてみました。
 かばんのなかには布づつみがひとつあって、つつみの中にはふるぼけた人形がはいっていました。

「おや、これだけかい」
「これだけですねえ」
 しかたなく、人形をつつみなおして、もとどおりかばんをしめておきました。

 その日の夜のことです。あのバテレンがかえってきました。
 番頭さんは、しまっておいたかばんを出して、バテレンに手わたしました。
「番頭さん、ありがとう。ところで、あなたは中をみましたか?」

 バテレンにそういわれて、番頭さんはドキッとしました。悪いことをしたとは思いません。夕方までに帰るといったっきり何日ももどらなかったので、心配になってしたことなのですから。

 けれど、きゅうにたずねられて、番頭さんはつい「見ていませんとも」と答えてしまいました。

「ほんとうですか。うそをいっても、わたしにはぜんぶわかりますよ」
 バテレンはそういいながら、かばんをあけて、中からふるぼけた人形をだしました。
「このお人形にきいてみましょう。この子には命があって、なんでもみているし、お話もできるのです。お人形さん、番頭さんはかばんのなかをみましたか」

 すると、ふるぼけた人形の口がうごき、なにかを話しはじめました。番頭さんにはその声が「みたー、みたー」といっているようにきこえました。

「ひー、なんまんだぶなんまんだぶ…おゆるしくだせえ、たしかにかばんをあけて見ました」
 番頭さんはおそろしくなって、床にあたまをつけてバテレンにあやまりました。

「やくそくをやぶるのは、よくありません。だれもみていないとおもっても、神さまはかならずみています」
 それからバテレンは、西洋の神さまのはなしを宿にいるみんなに聞かせました。

 ひとりでにうごく人形を見せられた人たちは、バテレンというのはおそろしい妖術をつかうのだとびっくりして、西洋の神さまを信じるようになったということです。
 

 
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