厚東判官
 
 
 むかし、厚東判官という人が家臣をあつめていいました。
「宝くらべをして、いちばん立派な宝をもってきた者にほうびをあたえる」

 家臣たちは、その家に伝わる宝をもってきましたが、欲のない家老はとくべつな宝をもっていませんでした。しかたなく、十四人の子供たちをお城につれてきて、
「これが私の宝でございます」
と、いいました。

 それを見た判官は、
「昔の人も子に勝る宝はないといっている。まったく子供以上のの宝はない」
と、いって、家老にほうびをあたえました。

 厚東判官には子供がありませんでした。そこで、中山の観音様に願かけをしたところ、二十一日の満願の日に夢まくらに観音さまがあらわれて
「それほど子供がほしいなら、そなたに娘をさずけよう。けれど、この子は十一歳になったらかえしてもらわなければならぬが、それでもかわまぬか」
と、いいました。
 判官が、それでもかまいませんとこたえると、観音さまのすがたはきえ、夢からさめると朝になっていました。

 その話をとなりでねていた奥方にすると、
「ふしぎなことにわたくしもおなじ夢をみました。これは観音さまのおつげにちがいありません」
と、いうのでした。

 それからしばらくすると、奥方は子供をみごもりました。うまれたのはお告げのとおりの女の子。判官のよろこびようはたいへんなもので、娘のためなら命さえおしくないというほどでした。

 けれど、気になることもあります。お告げでは、娘が十一歳になったら、観音さまにおかえししなければならないのです。

 やがてその日がやってきました。見しらぬ僧侶があらわれて
「観音さまの使いでやってきました。娘ごをこちらにおわたしください」
と、いいました。

 けれど、判官はどうしても娘を手ばなしたくないとおもって、僧侶をおいかえしてしまいました。

 すると間もなく、どこからか槍や刀をもった侍の大軍があつまってきて、判官の城をせめおとしてしまったということです。
 

◆こぼれ話◆

 山口県宇部市の広福寺にまつわる昔話。「城山くずれ」という琵琶歌で広まったらしい。 
 
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