鱗のある獣たち

 
 「犬のよう」とあるので、犬の怪にいれるべきものかもしれないが、鱗のある獣としてまとめてみた。

 
獺  ダツ
獺 または ケツ

 獣がいる、名前は獺、そのかたちは怒った犬のようで鱗があり、その毛はイノコの鬣のよう。(中山経四の巻)

ケツ

 川の中には…(中略)…頡が多い。(中山経十一の巻に名前だけ登場)

文・絵とも『山海経』より

 
 『山海経』の原文は非常に古い時代に書かれており、中国ですら現在は使われていない漢字が使われている。は本来ケツと書かれていたが、獺(かわうそ)のことであろうと後の時代に改められている。しかし、中山経の十一の巻にという名も見えることを考えると、そう簡単に獺の字に書きかえていいものかわからない。

 もし、獺だとすればカワウソのことだ。カワウソは水に住み、遊び好きで動きが活発であり、怒った犬という特徴とも一致している。

カワウソ
カワウソ(イタチ科)
川や湖などに棲み、ほとんど水中生活をしている。泳ぐのがうまく、魚をとらえて食べる。

 けれど、川獺には鱗(うろこ)はない。
 鱗があるというのに注目すると、センザンコウではないかとも思える。しかし、センザンコウだとすれば野豚のたてがみというのがわからない。やはり、泳ぎの上手なカワウソに魚の鱗があると勘違いされていると見るのが妥当だろうか?


 
 リン
リン

 獣がいる、そのかたちは犬のようで虎の爪、甲をもつ、その名はリン。よくはねじゃれる。これを食べると風をおそれることがない。(中山経十一の巻)

『山海経』より

 
 リンという文字は、鱗のつくりとけものへんを合体させたものだ。つまり、リンとは鱗のある獣のことであろう。「甲をもつ」という部分からも体が固いものに覆われていることがわかる。さらに虎の爪とくれば、これはセンザンコウのことだと思う。

 センザンコウは陸に棲む哺乳類だが、体が固い鱗におおわれている。また、長く立派な爪をもつことでも知られている。この爪は虎のように獣を狩るためのものではなく、餌であるシロアリの巣を壊すためのものだ。

 

ミミセンザンコウ
(センザンコウ科)
 センザンコウの仲間はアフリカや南アジアに数種類が分布している。
 シロアリが大好物で、前足の立派な爪で蟻塚を壊し、ムチのように細長い舌で白蟻をなめるようにして食べる。野生のセンザンコウは木登りが上手だというが、あまり動きは活発ではなさそうだ。

 鱗のある哺乳類というと、南米のアルマジロがいるが、アルマジロのウロコは皮膚が角質化したものなのだという。センザンコウのウロコは体毛が固くなったもので、似ているが少しちがうらしい。

 「これを食べると風をおそれることがない」というのは、中風のような病気にならないという意味か、強い風が吹いてもおびえることがないという意味か、どちらにも取れる。どちらにせよ、リンがなんらかの薬として用いられていたのだろう。
 センザンコウは古くから薬として利用された。主に鱗を使うようだが、化膿止めや母乳の出を良くするのに効果があると言われている。その肉には毒があるとする本もあるが、食用にされた時代もあったようだ。
 

 わからないのは「よくはねじゃれる」という部分だ。この部分は「はねながら自分を打つ」とも解釈できるらしい。しかし、センザンコウはあまり活発ではない。上野動物園のガイドさんにも聞いてみたが、野生動物にしては動きが緩慢で、人が簡単に近づいてさわることができるほどだという。

 そこで、あらためて獺(頡)の特徴とくらべてみると一致した点が多いのに気づく。
 

獺(頡) リン
犬のよう 犬のよう
よくはね、じゃれる 怒った犬のよう
鱗がある 甲がある

 そこで珍獣は考えた。古代において、センザンコウはカワウソの一種と考えられていたのではないだろうか。
 カワウソもセンザンコウも顔が小さくて尾が長く、シルエットがどことなく似ている。カワウソは水に棲み、センザンコウは陸に棲むが、センザンコウの体には鱗があり、水を連想させる。両者のイメージがまざったところで、動きの鈍いセンザンコウに活発さが付け加わり、カワウソには鱗が生えたというわけだ。

 さらにこれらの獣たちは、鱗があるという点で魚とも混ざってゆく。魚の怪・竜魚を読み読みすすめてほしい。

 
 
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