開明獣 カイメイジュウ
開明獣

 (昆侖の九つの門には)開明獣がいて番をしている。(海内西経)--581

 開明獣は身が大きく虎に似て、九つの首、みな人面、東を向いて昆侖の上に立つ。(海内西経)--586
 

絵・文とも『山海経』より
 
 
 開明獣は昆侖の門番である。

 昆侖(こんろん)というのは崑崙とも書くが、中国の伝説によく出てくる楽園のことである。伝説の楽園といっても異世界にあるわけではなく、あくまでこの世界の大地のどこかにあることになっている。だが、そこは天帝(天上界にいる神様の親玉)の地上の領地ということになっていて、高く険しい山や深い谷にかこまれ、普通の人間はたどり着けない場所なのだ。

 そのような場所を守る生き物だから、よほど強くなくてはならない。開明獣がトラの姿をしているのは、トラがアジアでもっとも恐れられる生き物だからだ。また、『山海経』によれば、昆侖には九つの門があることになっている。開明獣は九つの門それぞれ、その門のすべてを見張らなければならないので顔が九つあるのだろう。

  
 
挿し絵はありません リクゴ
陸吾

 神 陸吾 がこれ(昆侖)を司る。その神のかたちは虎の身で九つの尾、人面で虎の爪、この神は天の九部と帝の園の季節を司る。(西山経三の巻)--088
 

『山海経』より
 
 
天の九部
東北 北西
中央 西
東南 南西
 これまた昆侖に住むトラで、顔はひとつだが尻尾が9本ある。
 天帝の住む天上界は、左の図のように9つのエリア(九部)に別れていて、それぞれに守護神がいるのだが、陸吾は9つのエリアすべてを司る親玉で、しかも天上界の季節を管理する神だというのだ。

 開明獣も陸吾も、トラの強さや美しさと、昆侖伝説が結びついて生まれたもので、実在の生き物にモデルをさがすのは難しい。

 
 
 
 昆侖の住人ではないが、トラの姿をしたありがたい生き物に、スウゴというのもいる。
 
 
スウゴ スウゴ
スウゴ
 林氏国に珍獣あり、大きさ虎のようで、五彩みなそなわり、尾は身より長い。名はスウゴ。これに乗れば日に千里を行く。(海内北経)--607
『山海経』より
 
 
 五彩というのは、赤・黒・青・白・黄のことだが、鳥や昆虫は別として、五色に彩られた獣はあまり見かけない。これもあくまでトラの高貴なイメージから生まれた幻獣なのだろう。
 だが、あえて実在の生き物に正体をもとめるとしたら、尾の長さにヒントがありそうだ。
ユキヒョウ
ユキヒョウ
チベットやカシミールなどの高山に棲息する。
いわゆるヒョウとは別種である。
 ユキヒョウという生き物がいる。雪のように白い体にヒョウのような斑のある生き物だ。体長(頭から尾の付け根までの長さ)はせいぜい100〜150cmで、250cmを越えるトラに比べれば小さい。しかし、ユキヒョウは厳寒の高山に棲息しているため、分厚い体毛を持っており、いわゆるヒョウ(120〜160cm程度で短毛)に比べると、ユキヒョウはひとまわり大きく(太って)見える。「ヒョウみたいだが、ヒョウより体格が立派だぞ」という話に尾鰭がつけば「トラのように立派だ」ということにもなりそう。

 また、ユキヒョウは崖から崖へと飛び移る生活をしており、体のバランスをとるためにとても長い尾を持っている。しかも尾にも分厚い毛がはえており、普通のヒョウの尾よりも立派に見えるのだ。

 トラのように大きく、尾が長い。残念ながら五色に彩られてはいないが、ユキヒョウはちょっとだけスウゴに似ている。

 動物の体は右の図のようにはかる。体長は鼻先から尻尾の付け根までの長さなので、体毛の長さにはあまり影響されない。

 しかし、分厚い毛に覆われた生き物を前や後ろから眺めると、毛の厚みの分だけ太って見える。

 同様に、尾長もそうだ。長さは同じでも、毛が厚いと太く立派に見え、実際より長いような錯覚をおこす(たぶん)。
 

体長について
 郭璞は、スウゴのことを『六韜』や『周書』に出てくる獣と同じものだと言っている。
 紂という王様は、文王をつかまえて幽閉した。文王の友人がこの獣を探し出して献上すると、紂王はたいそう喜んで、文王を釈放した。(『六韜』より)

 夾林から献上されたのは酋耳で、酋耳は虎のようで尾が胴体の三倍もある。虎や豹を食う。(『周書』より 王会の逸文?)

 紂王は殷の国の王様で、文王は周の国の王である。暴君だった紂は、民から慕われている文王をおそれて幽閉してしまうが、文王の友人がスウゴを献上して許してもらったというのだ。よほど珍しく、またおめでたい生き物だったのだろう。

 『山海経』に登場するスウゴは、体が五色に彩られていると書かれている。この点がユキヒョウとは一致しない。しかし『詩経』に出てくるスウ虞は黒いまだら模様の白虎だという。郭璞はスウゴとスウ虞を同じものとしている。これならユキヒョウの特徴とほぼ一致する。

 江戸時代末期の日本で作られた『本草図説』には、スウ虞と題された絵があり『詩経』の一部が引用されている。ここでのスウ虞は白い体に碁石を散らしたような黒い斑点があり、長い尾を持つやせこけたヒョウのように描かれている。やはりユキヒョウのイメージと重なる。

 

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