山海経とエジプト神話

 
 前のページで扶桑伝説とエジプトの『死者の書』の共通点を紹介し、『山海経』が楽園に至る道を示す書なのではないかと述べた。では、楽園がどこにあり、どうすればたどり着けるのだろうか。

 『死者の書』によれば、霊界には人間の住む土地と、神の住む天上界と、悪鬼の住む地下世界があるとしている。
 人の住む土地の南のはずれには湖のアアトと呼ばれる地方があり、この地方の中央には大きな湖とオリーブの大樹がある。かつてホオラス神がこの地で宿敵セトにとらえられ、湖のほとりの木に繋がれた。湖の神ヘテブはホオラスを救い出して湖の対岸に逃がした。それ以来、この湖はヘテブ湖と呼ばれるようになった。
 神々はヘテブの功績を認め、この地を大麦と小麦の実る豊かな土地にした。また、この湖は天界に通じており、後にヘテブは自ら天界に昇って各地を旅したという。
 ヘテブ湖のほとりにあるオリーブの大樹は生命の樹として霊界の住人たちから愛されている。この地方で暮らす死者の霊たちは、生命の樹の枝をいつでも手にすることができる幸せな霊だと言われている。

 『山海経』で、天界に通じている場所といえば、なんといっても昆侖(崑崙)である。
 


 

 海内の昆侖の虚は西北にあり、帝の下界の都である。昆侖の虚は方八百里、高さ一万仞。上に木禾(穀物の一種)があり、長さ五尋、大きさ五つ囲、〔面〕(上)に九つの井戸があり、玉で檻(らんかん)をつくる。上に九つの門があり、門には開明獣がいて、これを守る。ここはやおよろずの神たちのすむところ。八隅にある巌は赤水のみぎわに(そびえ)、仁徳あるゲイの如き人でなければ岡の巌を登ることができない。

 昆侖の南の淵は深さ三百仞。開明獣は身が大きく虎に似て、九つの首、みな人面、東を向いて昆侖の上に立つ。

 開明の北には視肉、珠の木、文ある玉の樹、ウキの樹、不死の樹がある。

 開明の東には巫彭・巫抵・巫陽・巫履・巫凡・巫相がいて、アツユの尸をかこみ、みな不死の薬をもって、死気がせまるのをふせいでいる。アツユは蛇身人面、弐負の臣が殺したもの。(以上すべて海内経より)
 

 蛇巫の山の上に人がいて、杯をもって東に向って立つ。西王母が几にもたれて勝と杖をのせている。その南に三羽の青い鳥がいて、西王母のために食物をはこぶ。昆侖の虚の北にあり。(海内北経)
 

 西海の南、流沙のほとり、赤水の後、黒水の前に大きな山あり、名は昆侖の丘。神あり、人面で虎身、文あり、尾あり、みな白し、ここに住む。丘のふもとに弱水の淵があり、これを環る。丘のかなたには炎火の山あり、物を投げればもえ上がる。人あり、勝を頭にのせ、虎の歯、豹の尾をもち、穴に住む、名は西王母。この山にはなんでもある。(大荒西経) 


『山海経』より

 
 『山海経』には昆侖に関する記述があちこちにあり、上にあげたのはその一部である。どれこもれこ、わかったようなわからないような断片的な記述ばかりで、昆侖がどこにあるのかはっきりしない。「海内の昆侖の虚は」という書き方から、昆侖は一カ所ではなく数カ所にあるとする説もある。いずれにしても、昆侖は天帝の下界の都だというから、神々の国に通じている場所なのだろう。
 『死者の書』の湖のアアトには、その名の通り大きな湖があるが、昆侖の南には「淵は深さ三百仞」の淵がある。またこの地には「不死の樹」があり、また昆侖は「この山にはなんでもある」というほど豊かなところである。

 エジプトの『死者の書』では、人は死ぬとまず霊界に行き、そこでマアト女神の裁判を受け、罪なきものと認められれば霊界に住むことが許される。ところが、生前に罪を犯したものは悪鬼の住む地下世界に落とされてしまう。
 罪のない霊たちは、霊界で修行し、神々に認められれば、ホオラスを救ったヘテブのように天界に昇ることも許される。しかし霊界の生活は希望ばかりではない。地下世界の住人たちは、霊界で暮らす幸せな霊たちを事あるごとに地下世界に引きずり込もうとしている。彼らは巨大なカマキリや蛇や蛆、人頭獣身の怪獣ような恐ろしい生き物の姿をして現れる。

 『山海経』はといえば、これはもう化け物のオンパレードだ。中には幸せをもたらす聖獣もいるが、その多くは人食いの恐ろしい生き物ばかりである。これは「仁徳あるゲイの如き人でなければ」たどり着けないという昆侖への道をはばむ悪鬼ではないだろうか。

 さらに昆侖のまわりでアツユと呼ばれる何者かが、死なないように守られているとある。これをホオラスとセトの戦いに重ね合わせるのは強引すぎるだろうか? 


 
 ところで、『山海経』とエジプト神話の共通点については、平凡社ライブラリーの『山海経 中国古代の神話世界』の後書きで訳者の高馬三良氏が「重が天をささげ、黎が大地をおさえるのに似た神話がエジプトにある」と指摘したのが有名だ。具体的にどう書かれているか引用してみよう。

 

 帝は重をして上天を献げしめ、黎をして下地を抑えしめた。(大荒西経--高馬三良・訳) 

『山海経』より

 
 高馬氏の訳を信用するならば、この部分は確かにエジプト神話に似ている。
 エジプトでは大地の神をゲブといい、天空の神をヌウトという。ヌウトは女神で、夫であるゲブと常に抱き合っていた。そのため、天と地の間には隙間がなかった。ある日、ふたりの間にシュウという息子が生まれた。これは大気の神で、その足で父親である大地をおさえ、両手を天に捧げて母親の体を持ち上げている。重と黎は、シュウ神と同じように天と地を引き離す役目をしているというわけだ。

 しかし、この部分を原文で読むといくらか疑問が残る。高馬氏が「下地を抑えしめた」と訳した部分には、意味の取りにくい漢字が使われているからだ。郭璞はこれを大地を管理するという意味にとった。こちらを信用すると、エジプト神話の香りは薄れてしまう。

 だが重と黎のくだりを盤古伝説の源流と見ることはできないだろうか。『山海経』には出てこないが、中国の創世伝説には、盤古と呼ばれる巨人が登場する。まだ天地に区別がなかったころ、混沌とした世界に盤古が現れると、清らかな部分が天に、濁った部分が地になり、盤古の成長とともに天と地が九万里のかなたに引き離されたというのである(教養文庫『中国神話伝説集』)。

 盤古伝説がいつごろ成立したものかわからないし、重と黎と結びつける根拠はまったくないが、可能性のひとつとしてあげておきたい。
 

 世界の構造についてもう少し見てみよう。
 『死者の書』によれば、霊界の四方の果てにはシュウの柱と呼ばれる高く切り立った石柱があり、ホオラス神の手下(一般には息子と言われている)が石柱に宿り地平線を守っているという。四神の名は、

東を守る人頭のメスタ
西を守るヒヒ頭のハヤビ
南を守る山犬頭のツアマウテフ
北を守る隼頭のケブセンヌフ
である()。
 

 一方『山海経』はといえば、やはり四方を守る四神が登場する。


 
禺彊















 北方は禺彊、人面鳥身、二匹の青い蛇を珥にし、二匹の青い蛇をふまえている。(海外北経)

蓐収
西

 西方は蓐収、左の耳には蛇あり、双竜に乗る。

句芒

 東方は句芒、鳥身人面、双竜に乗る。(海外東経)

祝融祝融

 南方は祝融、獣身人面、双竜に乗る。(海外南経)

 炎帝の妻--赤水の子--聴ヨウは炎居を生み、炎居は節並を生み、節並は戯器を生み、戯器は祝融を生み、祝融は江水に降り住んで、共工を生み、共工は術器を生んだ。 洪水は天にみなぎり、鯀は帝の息壌をぬすんで、洪水をふさいだ。ただし帝の命令を待たなかったので、帝は祝融に命じて、鯀を羽山の郊野において殺させた。(海内経)

 センギョクは老童を生み、老童は祝融を生んだ。(大荒西経) 


白枠の中は絵・文とも『山海経』より

 
 中国神話を少し知っている人なら「青龍・白虎・朱雀・玄武」の四神をあげるかもしれないが、『山海経』にはどれも登場しない。かわりに双龍に乗る異形の神々が四方を守っている。
 この神々がエジプト神話と関係しているとしたら、四神の親玉であるホオラス神や、その父親であるオシリス神もどこかに隠れていそうなものだが、残念ながらこれはという手がかりは見つからなかった。これについては宿題として頭の隅に置いておこうと思う。

 

 エジプトの神の名は、たま出版『世界最古の原典・エジプトの死者の書』の表記にしたがったが、この本の表記はどうも日本語訛りしたものが多く、最近のエジプト神話の表記と 違いすぎてわかりにくい。わりと一般的な呼び名(と思われるもの)との対応表を作ってみたので参照してほしい。
 
ホオラス
メスタ
ハヤビ
ツアマウテフ
ケブセンヌフ




ホルス
イムセティ
ハピ
ドゥアムテフ
ケベフセネフ

 

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